うわーってなった時の処方箋

苛立ちと憂うつと退屈

意味

俺がバンドをやめる時っていつなんだろうとふと考えた。

たぶんそれは曲が作れなくなった時だろうなと思った。

曲を作ることは苦しい時間も多いけど、やっぱり楽しいしそれが生きてる意味でもある。

何も生み出せなくなったらもう意味がないし、逆に曲ができるかぎりやめる理由もない。

売れる売れないとかじゃなく。

 

作曲を始めてみたらなんとなく曲を作れてしまったが故にこんな人生になってしまったと言えるけど、思い返せばレールから脱線しつつあった当時の俺にとっては暗い部屋を照らす希望だったんだ。

その中途半端な才能は、周回遅れの青春であり、月並みな人生への足枷でもあったわけだ。

 

意味を求め過ぎてるみたいなことを言われたことがある。

生まれてきた意味、生きている意味。

そんなものは確かにない。

坂本慎太郎も「意味を求めて無意味なものがない」と歌っている。

みんなどうせ死んでいくのに自分の人生を物語のようにしたがる。

気色悪いと思いつつも、でも少し気持ちがわかってしまう。

だって自分の作った曲に意味がもたらされたら、そらそんなの一番いいでしょ。

なんだかんだこんな日々が好きなんです

もう30歳になったというのにいまだにアルバイトをしてるし、貯金もないし、感情は不安定だし、バンドは上手くいかないし、うだつのあがらない質素な毎日を過ごしている。

20歳の頃に思い描いたようにはならなかったけれど、今のこの毎日はなんだかんだ楽しいと思っている。

ほんとうは抜け出そうとしなければいけないのに。

 

感覚的にはずっと23歳くらいの気持ちで生活をしている。

それなのにどんどん歳をとって、ゆるやかに確実に老いていっていることに薄々気づいていて、でもなんとなく見ないフリをしていることもわかってる。

ふとした時に湧き上がる焦燥感が体を熱くさせる。

このモラトリアム的な生活をいつまで続けられるかわからないけど、色々なことを考えると、やっぱりこのままじゃダメなんだ。

そう思ってもまた同じ日々に沈んでいくいつもの俺がいる気がしているけれど。

音痴という個性

僕は歌が下手だ。

しかし、音痴なのに曲を作れることをずっと自分のアイデンティティだと思っていた。

それはどう考えてもアンバランスで、曲を作れる=音程を理解しているという等式からズレていて、何か特別なような気がしたから。

そして今もなお、そう思っている節はある。

以前に比べれば音程を合わせようという意識は高くなったけど、依然として他とは違う自分を演出したい欲は変わらず存在している。

けっして本当は音程を合わせられるのにあえてそうしてるわけではなく、純粋に合わせられないだけなのだが。

 

実際、疑問を持たれることがある。

なんで自分の作ったメロディーの正しい音程がわからないのかと。

なぜそれなのに曲を作れるのかと。

感覚でやってるから、としか言いようがない。

たぶん僕が音程に対しての理解度がもっと高ければ、今まで作ったメロディーはもっとよくなっていたのかもしれない。

ただの慢心をアイデンティティに落とし込んで、日々を無為にしてきたんだ。

 

そういえば、いつから自分が歌が下手だと認識したのだろう。

バンドを始めてからだろうか。

誰かに指摘されたからだっけ。

振り返っても全然思い出せない。

 

学生時代はカラオケに行ったことがなかった。

人前で歌うという感覚が皆無だった。

音楽にのめり込んでからは家で歌ったりすることはあったけれど、それでもカラオケに行くという選択は全く頭になかった。

17歳で曲を作りはじめて自然と歌うようになったけど、それは作曲の手段にすぎなくて、思えばちゃんと歌を歌うという行為はしていないのかもしれない。

だから今までただ何も考えず歌うだけで、音程を合わせる努力を一切していないというか、例えるなら真っ暗闇の中を歩くような感覚に近く、根本的にもう音痴なんだと思う。

その暗闇の中で音を紡ぐしかない。

曲のよさを伝える上で音程に違和感がないことはすごく重要だと理解してはいるが、もうこれは僕のアイデンティティなんだ。

学歴

ぼくは高校を卒業したあと、進学しなかったので、学歴でいうと高卒ということになる。

当時のぼくは、高卒という選択をポジティブに考えていた。

 

18歳で迎える6月か7月、たしか夏が本格化するちょっと前だったと思う。

ぼくは大学に行くか行かないか迷っていた。

ぜんぜん勉強をしていなかったので、学力的な問題もあったし、今から猛勉強をする熱意もあったとは言えない。

そして何より学校が好きじゃなかった。

だけど、その一方で大学に対する憧れも持ち合わせていた。

そんな希望に満ちた学生生活を夢見る自分を恥ずかしく思って、どうせ結局孤立して、一人ぼっちで虚しい孤独な大学生になるんだと、そう考えることによって期待感に蓋をした。

そして十中八九、そうなっていただろうと思う。

 

まあ、その2点。

勉強に対する熱意のなさと、学校が好きじゃないという理由で大学への道を閉ざした。

そのあと、AO入試とかなんとかそんなようなやつで、チャンスがないこともなかったけど、中途半端なところへ行って何になるんだと思ってやめた。

映画が好きだったから、映像系の専門学校も考えた。

けどこれも中途半端な気がしてやめた。

その頃のぼくは専門学校に対して否定的な感情を持っていて(おそらく今もまだあるけど)、誰でも入れる学校でいったい何を学ぶんだ、どうせフラフラしてるやつらの掃き溜めだろうと、そんなふうに思っていたけど、それでもなんらかの形でその後の人生に繋がっていくこともあったのかもって、思ったり思わなかったり。

 

充実した学生生活や肩書きを求める俗物的思考も、あるいは学歴的な意味でも、進学の選択は全部中途半端におもえた。

それなら高卒の方がいっそ吹っ切れてるんじゃないかと。

もうすでに人生は脱線していたし、何を今更元のレールに戻ろうとしているんだと。

ポジティブに考えてたというのはそういうこと。

それが正しかったのか、間違えていたのか、わからない。

中学から続く失った青春への未練もいまだ引きずっているし、でも曲を書く原動力がまだ尽きてないとも言えるし、ほんとうにわからない。

ただ思うのは、あの時の感情を理解されてもされなくても、あの時の自分がそう思ったんだからそれが全てだ。

その男、週4労働につき

今月、ほんとうにぜんぜん働いてない。

週4労働、週3休みといった感じで、正直すごく楽。

お金はいくらでもほしいし、稼がなきゃと思ってはいるのだけど、とにかく快適すぎる。

生活できる分は稼いでるから生きてはいけるけど、買いたいものとかまあ色々あるし働かないといけないんだ。

で、最近スマホゲームにのめり込んでしまっている。

ギャンブルとスマホゲームをやらない点を割と本気で取り柄だと思ってたんで、もうヒモになって女殴って一日パチンコしようかな。

もともとゲーム自体毛嫌いしてたけど、その中でもスマホゲームなんてとくに一番低俗だと思ってたのに。

マジで他なんもしてない。

時間の無駄だと思いつつもやってしまう。

日が暮れた頃に強めの焦りを感じてやばいと思うものの、なおスマホを握る俺がいる。

週3休み×ゲームの積がこの怠惰な毎日だよ。

こんなのめり込んでるくせにまだゲームを否定していて、事を終えた後に風俗嬢に説教するジジイみたいになってるけど、このままじゃほんとによくない。

明らかな酩酊にするために

希死念慮の気配を感じる。

夜になるとどうしようもなく心が痛い。

蜃気楼のように不確かな希望と確かな苦しみ。

うまく言語化できない憂鬱をごまかすためのアルコール。

置いてけぼりの劣等感を場違いな青空の下抱えて平気な顔する自分と、壊れそうな夜にもだえる自分と何がほんとうなのかわからん。

悲しい顔をしたって誰も救ってくれないのだから、一人で考え、一人で悩み、 泥酔してもラリっても壊れそうでも微かな明かりを見つけるしかない。

生きようと思える、というよりは生に引きずられながらも頼りにできるものを。

この瞳は、美しいものも、見たくないものも映してしまう。

それでもただ映るもの全てを見つめなければならない。

それが生きていくということだから。

自分を愛せなくても人を愛せるし、他人を愛せなくても自分を愛せるはずだ。

コンクリートの向こう側へ

30歳というのは大きな節目だ。

なんとかなるだろうとぼんやり生きてきたけど、時折立ち止まってはこの先の人生どうしようって悩んだり、不安になったりする。

若い時の焦燥は怠惰の日々の中に埋もれて、ふとした時に焦りの感覚を思い出しては、また薄れていく。

それの繰り返しだった。

いつまでこの毎日を続けるのか、もう諦めるべきなのか、わからないよ。

でももっと根幹の、要は俺の中に言いたいこと、歌いたいこと、吐き出したい苦しみ、湧いてくる悲しみ、浄化できない過去がある限り、曲を作ることを続けていくのではないか。

そんなふうに思う。